やさしい農薬学 と やさしい生物防除・天敵利用

バイオコントロール編集長
和田哲夫

はじめに

奇跡のリンゴは本当の話か?

リンゴを無農薬で栽培して果実できる。当たり前の話です。
みなさんは、ヨーロッパのレンブラントやフェルメールやフランクなどの油絵をみたことがありますか?
それらの絵には、まるまるとした大きなリンゴや、桃、ブドウなどがおおきな鉢に盛られている静物画として描かれています。

ヨアヒム・ベウケラーエル アントワープ 1569年
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でもこの時代、17世紀くらいでしょうか、農薬はまったくといってなかったのです。
なかったに等しいでしょうね。
ではどうしてそんなリンゴ、桃が病害虫に被害に遭わず健康に育ったのか?
もともと作物は自力で、育ち、種、実をつけ、次世代に引き継いできているので。
これはエジプト以前、たぶん数百万年前、それ以前かもしれませんが、継続してきていることです。
だからリンゴ、桃は現在もあるのです。
エジプト以前、もちろん、農薬はありません。
当時は農薬なしで果実が実をつけていたのです。
アダムが食べたのはたしかリンゴだったはずですね。

果樹は、もともと健全な状態で育っていれば、天候条件がよければ通常実をつけます。
それが、農薬を使わないとうまくできなかったのは、人間がそうしてしまったのです。
以下にその説明をします。
キーワードは、お分かりの通り、品種改良、天敵昆虫、天敵微生物、農薬、天候、栽培条件などです。

いまさら農薬についての解説書を書いても興味をひかれる人は少ないかもしれませんが、
生物防除、天敵利用を推し進めている筆者が通常の農薬について説明するのであれば
またすこし違ったニュアンスになるかもしれません。
では、始めます。
ところで私のバックグラウンドは農学部ですが、農薬の講義は受けた覚えはありません。
農薬学の研究室でクリタマバチの幼虫をほじくりだしている同級生からフェロモンの話は聞いたことはあります。
食品工学というあまり人気のない学科にいたので農薬と肥料の違いもわからず4年生になったように思います。
いまでははっきりとその違いは判りますが。
以下は私の頭に入っている情報です。とりあえず教科書や参考書は読みません。
教科書になってしまうのを恐れるからです。

1. 農薬のはじまり 

植物性と動物性のもの
これはどちらかというと生物防除の教科書に書いてありますが、害虫防除はエジプトの時代から行われており、人々はいろいろなものを害虫に散布したりしていたようです。植物性のものが多かったようです。植物油などです
日本では江戸時代にクジラの油を水田の水に流し込み、そのあとで稲穂や稲の株を
棒などではたいて、ウンカなどの虫を水面に落として、溺死させるということが
通常に行われていました。その場面を描いた和書を僕はもっていましたが、
神保町の一省堂で買ったので、個人が持っていて紛失したり、捨てられたりすると
文化的損失と思い、売りに行きました。2万円くらい損しましたが、それでも2万円くらいに売れたことを覚えています。除蝗録という和本です。
油はナガスクジラでも、マッコウクジラでもいいようで、両方の絵が載っていました。
この鯨油法は動物性農薬と言っていいと思います。

鉱物性の農薬

これがいわゆる近代的な農薬の始まりといえるでしょう。
近代にはいっての鉱物性の農薬はフランスのワイン地帯であるボルドーで発見された
ボルドー液です。
盗難防止で始めたということですが、硫酸銅を水に溶かして散布しても
あの鮮やかな青い色は残らないはずですので、石灰も一緒に混ぜたものと
考えられます。そうすると白い石灰の粉が付着して、ワイン用に持っていきたくなくなることは考えられます。
ボルドーですから、生食用のブドウではなく、ワイン用のブドウだったと想像できます。日本人ですと巨峰のようなブドウを想像しますが、果実の大きさは巨峰の半分くらいで皮が厚く、甘みは濃いのですが、生食用に適しません。
この硫酸銅と石灰の混合物の水溶液をボルドー液といい、ブドウの大病害である
ベト病に効果があり、これはいまだに使われています。
当時は炭酸カルシウム(CaCO3)を使っていたようです。現在は生石灰(CaO)です。
有機栽培やビオワインにも使っていいことになっていますが、どうしてボルドー液だけ他の農薬が認められないのに、許可されているかは、科学的な謎です。
銅イオンが体に良いわけがないからです。
この硫酸銅などに石灰を加える理由は、薬害の防止、効果の延長などがあるようです。
物理化学的には、錯塩という状態になっていて、銅のイオンが直接植物の細胞に
影響をあたえないようにしているという理論を聞いたことがありますが、興味がある方、説明ができる方はご教示賜れば幸いです。
有機銅などもあり、現在は銅イオンを使った農薬の選択しはいくつもあります。
ただ国、地域によっては銅が土壌に蓄積するのであまり連続して使わない方がいいというところもあります。
いずれにせよ、病害虫に強い品種、健康な栽培条件(風通しがいい、土壌が健康その他)、天敵が豊富に存在するようにすることなどがまずは基本ですので、銅や硫黄などばかりに頼るのは化学農薬を使っているのと基本的には一緒と考えるべきです。
異論のある方はコメントいただければ幸いです。

他の鉱物性農薬

よく使われるものに、硫黄があります。
温泉にもよく使われているので、みなさん、とくに日本人にはなじみ深いですね。
よく硫黄泉の湧出しているあたりを見ると、黄色の硫黄が管やお湯を流す桝などの
縁にこびりついていますね。あれは温度が下がって溶けていた硫黄が析出、つまり
溶けていられず結晶化したのかと思っていたら、実は違うようです。
なんと微生物が析出の働きをしているためだというのです。
硫黄細菌というようです。遺伝子組み換えなどにも関係している、高温耐性細菌の一種です。
閑話休題。硫黄そのものの急性毒性は低いのですが、実際に使う石灰硫黄合剤(多硫化カルシウムが主成分)の急性毒性はラットで500mg/kgのLD50 つまり半数が死亡するという数字で、これは必ずしも低い数字ではありません。60kgの体重の人間であれば30グラム飲むと死ぬ可能性があるということです。もちろん人間とラットでは
耐性が違うので、推定ですが、通常10倍の安全係数をかけているので、3グラム以下にすべきという指示が通常はなされます。
硫黄剤は殺菌剤というだけではなく、殺虫剤でもあります。
ハダニや戦前はカイガラムシにも日本でも使われていたようです。
硫黄を燻蒸、温度をかけて揮発させるとウドンコ病がなくなることはイチゴ農家であれば誰でも知っています。
でも硫黄剤で中毒したりした話は聞いたことがないので、安全な部類とあくまで推定ですが、判断できます。

ところで、

化学農薬と飢饉のどちらをとるか?

という質問は愚問ですね。
だれでも飢饉より、農薬防除して食物が多いほうがいいはずです。
例外の方はいるかもしれませんが。

化学農薬がないとたぶん世界の食料生産量は激減するはずです。
現在、中国、ブラジル、インド、米国、ヨーロッパ、日本その他で農業生産が安定して、飽食できているのは、実に農薬のおかげなのです。
それなのに、農薬は目の敵にされているという非常に矛盾した状況です。
もちろん危険な化学農薬もいくつもあります。
それらが、いまだに販売されているというのも問題です。
ですから、反農薬、無農薬というのは、贅沢な要求ともいえますが、同時に非社会的な要求ともいえます。
農業生産量を落としたほうが、いいのかという問題です。飢餓を招いていいのかと。

私が専門にしている、天敵による害虫防除、微生物による害虫防除を実施している、できている国は、二つに分類できます。
ひとつはお金がない国です。農薬を買うお金がない国です。
もう一つは豊かなお金持ちの国です。たとえばオランダ、ドイツ、ベルギー、イギリス、カナダ、アメリカ、デンマーク、スウェーデン、フィンランド、フランス、スペイン、イタリアなどです。それに私たちの日本です。

お金がない国とはどこか?それはベルリンの壁崩壊前のソヴィエト、文化大革命のころの中国、インドネシアやベトナム、タイなどの田舎などです。
そのような国では、国あるいは地方政府が農業試験場などに命令して天敵昆虫などを大量に作って大規模に天敵を放飼していますが、放飼しているというだけで、その結果がどうなったかというデータはありません。共産圏でよく見られた状況です。
東南アジアでは、農家の庭先などで微生物を桶のようなところで増やしたり、大学で作った微生物殺虫剤を単発的に農家に撒かせたりしています。
継続的な作業とはいえません。日本の大学なども日本政府の援助資金でそのような微生物農薬増殖施設をつくったりしていますが、そのような、アカデミックな機構がつくった
施設の運営が安定的にできるはずがありません。ベトナムのケースです。
やはり民間企業と農家、技術者たちが、経済性に則り、生物農薬を生産、販売しない    と成功はおぼつきません。
ひとつだけ例外があります。
それは例として、砂糖会社が自分の畑、あるいは買い上げをする農家の畑にたいして
砂糖工場で生産した天敵昆虫や微生物を使わせるというケースです。
この場合は、管理がしっかりしているので、成功しています。
ブラジルでのケースです。

さて農薬に戻ります。

農薬には殺虫剤、殺菌剤、除草剤があります。その他はとりあえず省略します。

このなかで一番金額的にも面積的も多く使われているのが、除草剤です。
これは理解しやすいですね。
広大な畑の雑草を刈ったり、抜いたりすることは事実上不可能です。
水田でも夏場、泥のなかに入っての除草作業は重労働だったと聞いています。
つまり除草剤は現実的に必要であり、農業生産に、大量に穀物、作物を作るのであれ ば必要だということです。
狭い畑ならば手で抜いたり、草刈り機で刈ることは可能です。
除草剤に代わる生物系のものは、アメリカや日本でいくつか試みられましたが、まだ実用に耐えるものは出てきていません。草を食べる昆虫、草をからすカビなどですが。
世界の農業生産を支えているのは、除草剤だといってもまさに過言では、ありません。

  殺虫剤は毒ガスのイメージが強くで悪役になってしまっていますが、使い方次第では
  きわめて有効です。使い方が悪いと毒であるものはもちろんあります。

殺菌剤は上述の鉱物系殺菌剤から派生してきたと言ってもいいでしょう。
  殺菌剤がないと、アメリカのケネディ大統領の先祖がアイルランドでジャガイモの
  疫病による飢饉に遭遇し、アメリカに避難してきたようなことになることがあります。
  天候が悪いと、病気にも昆虫にも侵されやすいのです。
  農薬は天候条件が悪いときには必須といえます。
  ではどうして生物農薬が必要とされているのか? 
  それは以下で述べますが、一言でいえば、化学的な方法だけでなく、物理的な方法や 
  生物的な方法も使わないと、害虫や病原菌がのさばる、つまり、農薬に耐性をもって  
  しまうからです。
  現実にこの抵抗性は世界中でおこっています。
  化学農薬が効かなくなった害虫、病原菌はいまや、ゴマンといるという
  非常に憂慮すべき状態といっても、言い過ぎでないのが、現在、2013年での
  真実であることは、農薬業界の研究者も否定することはできないでしょう。

2. 生物防除のはじまり

微生物農薬について
教科書には生物防除はエジプトの時代から始まっていると書かれています。
ここでは、近代になってからの生物防除について簡単に振り返ります。
生物防除は微生物によるものが昆虫によるものより先に実現しています。
ロシアのメチニコフが明治時代に昆虫病原菌を発見したことがその始まりといえます。
メタリジウム菌などがその例で、コガネムシ、バッタ、アザミウマ、イモムシ、シロアリ、ゴキブリ、蚊などの多くの昆虫に感染し、死亡させます。
  この仲間には、ヴァーティシリム菌、ボーベリア菌、ノムラエ菌、ペキロミセス菌などすでに日本で微生物農薬として使われているものが何種も含まれています。
  他にBT剤と呼ばれているバクテリアをもとにしている微生物殺虫剤があります。
  これはイモムシ系にしか効果がないです。
  一部甲虫に聞くものもありますし、蚊に聞くものもありますが、日本では実用化されていません。政府の承認にハードルが高すぎるようで残念なことです。
  蚊の幼虫、つまりボウフラに効果が高いです。
  世界中で許可されて、売られているといっても過言ではありません。

微生物農薬は病害にも効果を発揮します。
有名なものでは、納豆菌と近い、枯草菌を使うもので、バチルス・スブティスルというものや、拮抗菌が使われています。
ほかには、トリコデルマ菌、タラロマイセス菌などがあります。
日本はこの分野では世界の先端をいっているといえます。 
登録をとらずに肥料などにこれらの菌を混入させている商品も見受けられますが、
どの程度の濃度で入っているのか、その濃度は保証されているのかといえば心細いものがあることは否定できないでしょう。

3. 天敵昆虫について

化学農薬の効果が落ちてきているアブラムシ、アザミウマ、ハダニ、コナジラミなどにたいして、高い効果を示します。
天敵としては、コレマンアブラバチ、チャバラアブラコバチ、タイリクヒメハナカメムシ、スワルスキーカブリダニ、チリカブリダニ、ミヤコカブリダニ、オンシツコナジラミ、トゲダニ、タバコカスミカメなどが代表的なもので、世界、日本で広く使われています。
昆虫以外に天敵センチュウというのがあり、これはおもにヨーロッパとカナダなどで多く使われています。
作物として、パプリカ、ピーマン、ナス、イチゴ、キュウリその他、温室で栽培する
ほとんどすべての作物、植物で利用できます。

4. フェロモンについて

信越化学が世界をリードしています。
この項については信越化学の方から原稿もらう予定です。



つづく